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コラム

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鹿島神宮(2009年07月05日)

田舎から義理の母が上京してきたので、何処かに連れて行かないとなりません。
前回は箱根へ行ったので今回は行ったことがない茨城方面へ…
鹿島神社に参拝に行って来ました。歴史は古く日本書紀に登場する武甕槌大神(たけみかつちのおおかみ)を祀っているそうです。神武天皇が東征のなかば窮地になった時に、大神「髻エ霊剣(ふつのみたまのつるぎ)」の神威により救われ、感謝された天皇は即位の年に勅祭されたそうです。紀元前660年頃

調べた所、鹿島神宮は全国にあり鹿島市にある鹿島神宮の分社なのだとか…。鹿島神宮の武甕槌神に対する信仰を鹿島信仰(かしましんこう)というのだそうです。甕槌神は香取神宮の経津主神とともに中臣氏・藤原氏の氏神とされたことから朝廷・中央貴族の信仰を受け、武神であることから武家の崇敬も受けたのだそうです。

この神様の話も面白そうです。武甕槌は、イザナギがカグツチの首を切り落とした時に、十束剣「天之尾羽張(あめのおはばり)」の根元についた血が岩に飛び散って生まれた三神の一柱なのだそうです。

中臣氏は古代の日本において忌部氏とともに神事・祭祀をつかさどった中央の豪族だそうです。僕らが習ったのは大化の改新(645年)の頃に、中臣鎌足が物部氏と対立する話しですね。この一族は、その後、藤原姓を賜ったのだそうです。知らなかったのですが、奈良の鹿は有名ですが、解説によれば藤原氏による春日大社の創建に際して、767年(神護景雲元年)に、白い神鹿の背に分霊を乗せ、多くの鹿を引き連れて1年かけて奈良まで行ったとされているそうです。ここには国宝の直刀が置いてありました。日本最古で最大の刀だそうです。(704年)あんなに大きな刀を…使ったのは神様なのでしょうか?

ウィキペディアの解説
「布都御魂剣(ふつのみたまのつるぎ)」「平国剣(ことむけのつるぎ)」とも呼ばれる。柄(つか)・鞘を含めた全長2.71m、刃長2.24mの直刀。奈良時代末期から平安時代初期の制作。現存する伝世品(出土品でない)の日本刀の中では、古例の一つであり、また刃長の点では最大の作品とされる。これほどの長大な刀身を作るために、途中4か所で刀身をつなぎ合わせるという極めて珍しい手法を使っていることが判明しており、技術的にも貴重な存在である。外装(柄・鞘)は、黒漆塗りの上に平文(ひょうもん、金銀などの薄板を貼って文様を表わす技法)や金銅透かし彫りの金具で装飾を施した古様な技法によるもので、正倉院の「金銀鈿荘唐大刀」の流れをくむ。

奥宮のさらに御手洗池の茶屋で手打ちそばを食べてきました。サービスが良い茶屋です。安いそばですね。腰があって美味しかったですが、たれの味は普通です。要石を見てきましたが表面に出ている部分はほんの少しなのです。僅かに窪みがあるあの石の下がそんなに大きいのかどうか…7日間も掘ったけれど…と解説してありました。みなさんも、一度、近くに行かれたら鹿島神宮へ寄ってみては如何でしょう。帰りは鹿島スタジアムも見学しました。なんと住友金属がスポンサーなのですね。ビックリしました。ひょっとすると商船三井もそうかな? スタジアムに宣伝が載っていましたね。テレビで観る感じと実際のスタジアムは大きな違いがあります。野球場みたいに遠くなく、意外に臨場感がありそうです。一回、行ってみたいと思いました。